父親
アンガスの驚いた顔を見る人は、世の中にどのくらいいるのだろう。
「本当に…」
「多分」
「そうか…」
彼は顔を上げ、天を仰いだ。
泣いているのか、笑っているのか、表情は見えなかった。
「シズニよ、皮肉なものだな…」
元奏士は、目を閉じて手を合わせた。
アンガスは祈りを終え、木漏れ日を眺めていた。
答えを待つのが、恐くなった。
「…今はどういう気持ちなの?」
「もしそうだとしたら、嬉しい」
目線を戻した彼は、心の底から嬉しそうな顔をしていた。
「父親は、ロニーだ」
「…うん」
「ずっと、ロニーだ」
「……」
父親として一生関わることはないだろう、と呟いた。
「だが、その子の幸せは俺の幸せだ」
陽だまりのような微笑みに、返す言葉が見つからない。
目に溜まる涙が流れないよう、必死で堪えた。
「帰り支度をしよう。歩けるか?」
「うん」
膝についた土を払い、立ち上がった。
「具合は?」
「落ち着いた、ありがとう」
頭をぽんぽんと撫でられた。
「俺のことは心配するな。その子と会える日を、楽しみにしている」
「うん…わかった」
「この子には幸せになってほしい。俺とリウさんが結ばれなかったような、辛い思いはさせたくない」
「そうだね」
「そんな願いを込めて、ルカ、とはどうだろうか」
「ルカ…光という意味だね。良い名前」
行く先に幸あらんことを。
過ちも不幸も、繰り返さない為に。
第1章 不倫のお話 end