不倫のお話

ワールドネバーランド エルネア王国の二次創作。無断転載禁止。不倫の話です、R18。苦手な方はスルーして下さい。

身重と農場

グローブの下でかじかむ手をさすりながら、空を仰いだ。

雪が、粉砂糖をまぶすように降っている。

「はぁ…今年は寒いなぁ」

近くの井戸から水を汲み、ラダ小屋の前まで持ってきた。

妊娠中の体では、水桶1つが限界だった。


いつもなら人員が揃っている農場管理会も、今年は次々と亡くなり、減ってしまった。

分担を割り当ててはいるものの、一人あたりの仕事の負担は増えるばかりだった。

新しい年になれば、また人員が揃う。それまでは、出来る限り頑張らなくては。


「ちょっと、リウ! あんた何やってんの」

「ああ、カピトリーナ」

彼女は腰の脇に手を当て、つかつかと歩み寄ってきた。

「身重のアンタは仕事しちゃだめ。もうすぐなんでしょう」

「そうだけど…」

続きを喋る前に、カピトリーナがそっと近づき、耳打ちしてきた。


「それよりアンタ。今のお腹の子って…まさかとは思うけど、その、違うよね?」


「…えっと…その、まさかかもしれない」

「どっひゃー!」

彼女は目を丸くした。


「それ、皆にバレたら大変なことになるよ。ブヴァール家にとっちゃ、一大事さ。ゴシップ掲示板レベルだよ」

「掲示板どころじゃないよ…」


気が重くなるのであまり考えないようにしていたが。


ブヴァール家に知れたら、出禁もいいところだ。


そうなれば祖国に帰るか、アリアの住む国に行くしかない。

二度と家族に会えないかもしれない。

アンガスもどうなるか分からない。

それが、罪への制裁ーー。


「…覚悟は、出来ているよ。今更戻れないしね」


「…それもそうだね。あたしに出来ることがあったら、いつでも言いな」

「ありがとう、カピトリーナ。貴女が居なかったら、私、どうにかなっていたかもしれない」


自分の弱さは分かりきっている。

逃げ場を作ろうとしてくれる彼女の優しさに、頭が上がらなかった。


 

農場管理会

彼女はふう、とため息を一つつくと、大きく背伸びをした。


「さーて、仕事の時間だ。ま、リウはお休みしな」

「いや、それは出来ないよ。今は人手不足だから、自分の役割は果たさないと」


言いながら、水桶に手をかけた。

だが、その手は誰かに優しく包まれ制止された。


「そうよ、リウちゃん。赤ちゃん大事にしなくっちゃ」

ウルスラ…」

「こんな寒い日は、暖かくしてお家にいるものよ?」

農管の大先輩であるウルスラ・アブリソコフ。彼女は目尻の皺を深くし、微笑んだ。

「…でも、できる限りのことはさせてほしいの。まだ大丈夫だから」


ぽん、と肩に手を置かれた。振り向くと、ホセ・イバン・アッカーがいた。

「俺達だって、何年もやっているんだ。任せてくれよ」

「ホセさん…」

二人分の仕事くらいは朝飯前、と彼は親指を立てた。


「そうそう。十日分の分担表、書き換えておいたよ」

「サンチョ君…」

サンチョ・コールスが綺麗な字で書き直された分担表を掲げ、にこっと笑った。

来年も引き続き副代表を務める彼は、とにかく真面目で働き者だ。

これからもお世話になるのだろう。


「リウちゃんがしっかり休んでくれないと、オレも代表に昇進出来ないしな! なーんて。元気な赤ちゃん産めよ」

「ドミニクさん…」

ドミニク・プレガーは豪快に笑うと、ウインクを一つくれた。

持ち前の明るさで農管を引っ張ってきた先輩だ。


「ありがとう…皆。一番大変な時に、ごめんなさい」

「しっかり休んで帰ってきなよ、農場代表!」

「はい!」


今ここに来ていない人達にも、仕事を任せることになるのだろう。

ありがとう。

心の中で、何度も繰り返し呟いた。


ルカ

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陣痛がきてからの時間は飛ぶように過ぎた。二人産んでいても慣れはしない。毎回、痛みで気が遠くなる。

気がつくと、産声が邸宅に響いていた。


「お母さん、頑張りましたね。元気な男の子ですよ」


奏女のヴァレリアが、取り上げてくれた赤ちゃんをそっと産衣に包んでくれた。


疲れ切った体で我が子を抱く。群青色の瞳がこちらを不思議そうに見つめた。


嗚呼、やはりーー。

心の中で色々な思いが混ざり合い、涙が一筋流れた。


「リウ、頑張ったね。大丈夫?」

「うん…」

ロニーは汗ばんだ額に張り付いた髪を整え、涙をそっと拭ってくれた。


「名前は、どうする?」


再度赤子の瞳を見つめた。


「…ルカ」


迷いは、なかった。


「ルカ…いい名前だね。またリウに髪色似ちゃったなぁ」

「髪の遺伝子だけ強いのかもね」

「目の色は、俺とリウの間の色だね」

「うん」


ロニー、本当にごめんなさい。

心の中で、何度目かわからない謝罪をした。


ドアがバタンと勢いよく開き、二つの小さな影が駆け込んできた。

「やった! 弟だ!」

「かわいい…!」

ガッツポーズで喜ぶマリンと、赤子に感動するスノウ。

「名前はルカ。光っていう意味なんだよ」

へぇー、と納得するスノウの横で、マリンはルカの頬をちょんちょんとつついていた。

「早く大きくならないかなぁ。一緒に探索したい」

「ふふ、今生まれたばっかりじゃない」


マリンにとって、妹が生まれた時とはまた違う感覚なのだろう。同性の兄弟を以前から望んでいただけに、上機嫌でルカを見つめていた。


スノウは自分より年下の存在が初めて出来たことに、驚きと関心を寄せているようだった。そっとルカと手を繋いでは、にこにことしていた。


「では、私はこれで」

ヴァレリアが部屋を後にした。


「ロニー、ずっと付いていてくれてありがとう」

「俺に出来ることはこれぐらいだからね。リウ、少し休む? 子供達は俺がみておくよ」

「うん、そうしてもらえると助かる」


3人と1人が部屋から居なくなり、静寂が訪れると、急に眠気が襲ってきた。


皆に愛され、産まれてきた子。

絶対に幸せにしなければ、と誓いながら眠りについた。


焼き尽くされて

夢を見ていた。

どこか懐かしい香りと共に、ロニーがいた。


「リウ、好きだ…好きなんだ」


抱きしめられた自分の体がぐにゃぐにゃと歪んでいく。


「ごめ…」

空いた口はキスで塞がれた。


息が、できない。


涙が止まらない。どうしてこんなに哀しいの。


落ちた涙が服に触れ、勢いよく燃え上がった。


炎が視界を呑み込んでいく中、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。