第2章 ルカのお話
おかげさまで、第1章 不倫のお話 を終えることが出来ました。
ハートやコメント、いつもありがとうございます。
明らかに文章が足りないところがありますが、そこは脳内補完して頂けたらと思います。
第1章を読み飛ばしたい方へのまとめ。
エルネア王国(オスキツ国)第三王子アンガスは、5年間ある女性に恋をしていた。
その名はリウ・ローザ。
しかし国の掟により、元旅人のリウと結ばれることはなかった。
リウは既にロニーと結婚しており、二人の子供がいた。
様々な出来事が重なり、二人は逢瀬を重ねるようになる。
いつしかリウは妊娠し、ルカと名付けることを決めたのであった。
父親
群青色の瞳
「アンガス、」
「アートさんが瘴気の森前で待っていたぞ。そこにいるのは…リウさん? 随分具合が悪そうだな」
背の高い近衛が二人並んだ。
「急に気持ち悪くなったみたいで。アンガス、暫くここにいるのか?」
「ああ。今日は非番だから、ローナでも釣ろうと思ってな」
「…すまないが、リウに少し付いていてもらえないか? この状態で放置する訳にもいかないが、アートさんを待たせることも出来ない」
「分かった。後で家まで送っていく」
「ありがたい、頼む」
ロニーは子供達を連れ、後ろを振り返った。
「リウ、ごめん…!」
ロニーの姿が見えなくなると、群青色の瞳がこちらを見つめた。
「陽射しに当てられたのか? 暫く休むといい」
手を額にあて、熱はないようだな、とアンガスは呟いた。
そのまま髪を梳くように撫でられた。
ひんやりとした冷たさが心地よく、目を閉じた。
時が、川のせせらぎと共に流れていく。
気分の悪さも、洗い清められるようだった。
うまく働かない頭でも分かった。
この症状は以前に体験したことのあるものだった。
時期を逆算すれば、ちょうどアンガスとの逢瀬を始めた頃だーー。
「まさか…」
「ん? どうした?」
「……その、つわり、かも」
「悪阻? そうか…それはめでたいことだな」
目を細めるアンガスは、おそらく分かっていない。
「じゃなくて」
「?」
「貴方の…」
秋風と共に
「ママー、たきいこー!」
「オレもいく!」
「ママはあたしといくの!」
「じゃあオレはパパといくもん!」
早朝から兄妹の賑やかな声が室内に響く。
窓を開ければ、タダムとヤタリの木々がすっかり紅葉していた。
「二人共、朝食が終わってからね。せっかくのお休みだから、皆で行こう? ね、ロニー」
「そうだね。マリン、スノウ、ごはんの準備は?」
「やった! スノウ、じゅんびいそげ!」
「マリン、はやくおさらはこんで!」
柔らかな秋風が身を包む中、家族で手を繋いで歩く。
虫を捕まえてはしゃぐマリンと、沿道に咲く花を指差し、名を訊ねてくるスノウ。
繋いだロニーの手は、いつものように温かい。
「とうちゃーく!」
「みて、おさかな!」
水面は朝日でキラキラと輝き、木々の姿を映している。
肌寒い季節になった分、空気が澄んだように思えた。
時折魚の姿が見え隠れし、その度に子供達から歓声があがる。
ロニーと共に大きな岩に腰掛け、それを見守った。
「ふふ、何だか子どもの頃を思い出しちゃうね」
「リウも川で遊んでいたの?」
「うん。昔はおてんばだったみたい、よく言われたよ」
「へえ、想像つかないな」
「ロニーは子どもの頃と変わらない?」
「多分。あまり自分じゃ分からないけどね」
「うん、見てるとそんな感じがする」
「え、俺のことどう見てるの?」
「んー…ふふっ、内緒」
「気になるなぁもう」
クスッと二人で笑い合い、そのまま見つめ合った。
「目、閉じて」
少し低めの声で囁かれ、瞼を閉じると、唇に柔らかなものが触れた。
「…子供達が、」
「大丈夫、今は魚に夢中だから」
暫し、啄ばまれるような優しいキスに身を委ねた。
「さ、そろそろ帰ろうか」
「午後はアートさんと魔物討伐だっけ」
「そうだね。もっと一緒にいたかったけど、仕事だから…」
当番制で、近衛は毎休日に魔物討伐がある。
最近魔物の活動が活発になってきたため、新しく導入された制度だ。
腰を上げて子供達を呼ぼうとした瞬間、急激に吐き気が込み上げた。
「……っ」
思わずしゃがみこんだ。気付いたロニーが、顔を覗き込む。
「リウ、どうした?」
「……」
「顔が真っ青だ。気持ち悪い?」
黙って頷く。視界がぐにゃりとした。
子供達が心配して駆け寄ってきたが、しゃがんだまま動けない。
「先に、三人で、帰ってて?」
「こんな状態でおいていけないよ」
「だって、仕事…」
「おい、ロニー。今日は当番ではなかったのか?」
返答に窮するロニーの後方から、聞き慣れた声がした。
昼下がりの邸宅で ※R18
決意
「リウが話してくれたから、あたしも話すよ。
アッカーの方のホセさんとね、昔色々あってね」
「えええっ!?」
ホセ・イバン・アッカー。
農場管理会の中で知らない者はいない。
農場代表戦でいつも争う相手であり、毎年候補者に選ばれている。
「リウやあたしが代表やるまでは、あの人がずっと代表やってたんだよ。
あたしが就職したての頃はまだラダ小屋もちゃんとしてなくてね。干し草の管理なんかも自分達でやってた。
夜に雨が降ると、二人ですっ飛んでいったさ」
「ずっと一緒に仕事してきたんだ、そりゃ仲良くなってね。奥さんのコレットさんが亡くなって、それで…。
あたしもグレアムには悪かったと思ってるよ。まぁ思ってても罪は変わらないんだけどね」
「バレてないの?」
「今のところ何も言われてないけどね、分からない」
「ま、あたしは割り切る性格だからね。
あの時はホセさんも辛くてね。
慰めというかなんというか…。まぁ、今は何もないけど」
「そっか…」
「生きたいように生きな。
好きになっちゃったんだしさ、もう仕方ないよ。あたしはいつでもあんたの味方だよ」
「…うん」
彼女は、分かっているのだ。
私が引き返せない位置まで来ていることに。
どちらも捨てられないことに。
「ありがとう、カピトリーナ」
「ま、最悪みんなダメになっても、あたしの家くればいいよ」
ははっと豪快に笑う彼女に、つられて笑みがこぼれた。
カピトリーナと別れ、カルネ皇帝の橋の下に向かった。
川の畔に座り込み目を閉じると、草いきれの中に、川のせせらぎが聞こえてきた。
自分の理想像は、貞淑な良い奥さんだった。
夫と子供と幸せな家庭を築いて、仕事もしながら、温かい毎日を過ごす。
欲しかった未来は全て揃っていた。
愛するロニーと子供達。
仕事も順調で、今年は評議会のトップにまで上り詰めた。
なのに、憧れていた人に突然キスをされ、いつの間にか恋に堕ちてしまった。
いつか止めれば許されると思っていたが、ブレーキは手元になかった。
止めることも、割り切ることも出来ない。
それでも。
ロニーが好きで。
アンガスが好きで。
苦しいままでいいから、二人を好きでいたい。
河原の小石を一つ手に取り、握りしめた。
震えそうな体を、誤魔化すために。
綺麗でない世界
話し始めると最初は口をぽかんと開けて驚いていた彼女だったが、最終的に口を閉ざし、うんうんと唸っていた。
「…もうどうしたらいいか分からない。自分のことなのに、何も決められないなんて。何がしたいのかも分からない」
「うーん…予想外にこれは難題だね」
「いきなり色んなことが舞い込んできたんだ、そりゃ仕方ないよ」
「うん…」
「皆言わないけどさ、そんなことやってるよ。綺麗な世界なんてないから。
ただ、一度結婚したら別れられない。それがこの国の決まりだから、守ってるだけ」
「良いことか悪いことかと聞かれたら、バレたら誰かを傷つけるっていう点では悪いこと。
だけどさ、一夫多妻な国だってあるんだよ?
そういう通念のある国では、傷つく人は少ない。
正直、不倫自体が人間として悪いことかって聞かれると、それは違うような気がするな」
「うん…」
ロニーの哀しげな顔を思い浮かべると、気が重くなった。
「あの王子もさ、『俺だけが好きなんだ』なんて言ってくれてるんでしょ。元はといえばソイツが誘ったわけだし、そっちは傷つかないさ。
問題は旦那だね。そこだけ。」
「今さらどう足掻いても罪は消えないよ。バレたらおしまい、結果は変わらないさ。
でも、同じ背負うなら、愉しく生きた方が良いんじゃないの?」
「……」
そう、罪は消えない。
分かっていたつもりだったけれど、改めて言われるとショックを受けた。
俯いたまま、暫し時が過ぎた。
カピトリーナは4杯目のポムワインを空けると、頬杖をついて微笑を浮かべた。
「あたしもさ、そんな時代があったよ」
「うん……ええっ!?」
思わず、ワイングラスを落としそうになった。